2019年、時はまさに女性シンガーソングライター戦国時代。
もはや女王の貫禄すらある、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)をはじめ、
彗星のごとく現れた宅録のニュータイプ、Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)、
そして数奇な運命に翻弄されながらも尚、強くたくましい姿を魅せ続ける、Ariana Grande(アリアナ・グランデ)と、
ここのところ全米チャート上位の顔ぶれにこの3人が入らない日はないんじゃないかってくらいに、女性ソロアーティストの活躍が目立つ昨今の米音楽シーンです。
今回は3人の中でも、多くの悲運に見舞われながらも世界中のティーンをアゲ続ける、Ariana Grande(以下、アリアナ)の底力について、ともに全米のみならず世界中でトップを獲得したシングル、『thank u, next』と『7 rings』に込めたメッセージと合わせて紹介していきたいと思います。
もくじ
小さな巨人、アリアナ・グランデ
まずアリアナについて、簡単におさらいしておきましょう。
Ariana Grande(アリアナ・グランデ)は、93年生まれ、アメリカ合衆国フロリダ州出身のR&Bシンガー、ソングライター。
母方の曽祖父がアフリカ系アメリカ人であるため、肌の色が褐色であること、また比較的小柄(153cm)な身長も特徴の一つ。
王道ポップス感のある伸びやかで透明感のある歌声は「ネクスト・マライア」と評されることもあり、アイドル的なポジションのせいで忘れがち(?)ながら、抜群の歌唱力と表現力を持ち合わせる。
女優としてのキャリアを経て、2013年のファーストアルバム『Yours Truly』を新人にして全米チャート1位に送り込むなど、デビュー以来スター街道を走り続けている。
また、親日家としても知られるアリアナですが、日本での知名度アップに貢献した話題は皮肉なことに、記憶に新しいところでは「七輪タトゥー騒動」、
そして最大の悲劇、イギリス・マンチェスターでの自身のワールドツアー公演の際に発生した「爆破テロ事件」という凄惨な出来事によるものでした。
アリアナを襲った悲劇
2016年のサードアルバム『DANGEROUS WOMAN』を冠してのワールドツアー中、2017年5月に行われたマンチェスター公演が、自爆テロと見られる事件の標的となってしまいます。
その被害は実に22名(被疑者を除く)が命を落とし、120名以上の負傷者を出す壮絶なものでした。
当然、本人のダメージも相当なもので、
「認めたくないけど…そうよ、PTSDなの」とアリアナは告白。「皆からそう(PTSD)じゃないかって言われているわ。あまりにも多くの人達が辛い体験をして大きな喪失感を味わったから、私がそうだと公言するのは難しかった。でもPTSDに苦しんでいるのは事実よ。自分の家族やファン、全員があの事件で大きな喪失を抱えた事もわかっているわ」
アリアナ・グランデ、心的外傷後ストレス障害に悩まされていた
と、傷つきながらも被害者をいたわり、さらには全てを一人で背負い込んでしまうような大変な心理状態にあったことを伺い知ることができます。
しかし、そんな悲痛な状態の彼女に試練はまだ続きます。
さらにアリアナをたたみかける悲劇
癒えることのないテロ事件の傷跡を抱えたままの彼女をさらなる悲劇が襲いました。
古くから友好関係があり、なおかつ元恋人でもあった、マック・ミラーが亡くなってしまうのです。
しかも人気ラッパーであったマック・ミラーが、アリアナが新恋人と婚約発表した直後に薬物過剰摂取と見られる死因で亡くなったことから、その死の責任の矛先が彼女に向けられてしまいます。
マック・ミラーが愛車のワゴンをブッ壊し、DUI(麻薬等運転)で捕まったのは、アリアナ・グランデが彼を捨てて他の男に走ったせいだ。彼はあんなに愛情を注いで、10曲入りのアルバム『The Devine Feminine』を彼女に捧げたのに。ハリウッドで起きたもっとも痛ましい出来事だ。
「お前が彼をダメにした」アリアナ・グランデとマック・ミラーに見る、女性が悪者になる恋愛関係
Twitter上では、あるユーザーから上記のような激しい非難を浴びています。
しかしこれには本人がすぐに直接リプライで否定、後にこのユーザーもアリアナの主張に納得していますが、あまりにも痛々しいやり取りに見ているだけで心苦しいものがあります。
さらには(マックの死が影響したかは不明ですが)、一連の騒動ののち、新たな恋人との婚約も解消してしまったそうです。
『thank u, next』に至るまでの時系列
時系列が少しわかりづらいので抜粋して以下にまとめています。
- 2013年3月 デビューアルバムのリードシングル『The Way』で、マック・ミラーと共演(二人は旧知の仲ではあったものの交際には至らず)
- 2013年8月 1stアルバム『Yours Truly』リリース
- 2014年8月 2ndアルバム『My Everything』リリース
- 2016年5月 3rdアルバム『DANGEROUS WOMAN』リリース
- 2016年9月 マック・ミラーの作品にアリアナが客演で参加(この頃から二人の交際がスタートか?)
- 2017年5月 ワールドツアー中にマンチェスター爆破テロ事件発生
- 2017年7月 テロ事件に屈することなく、チャリティーイベント『One Love Manchester」を開催(マック・ミラー参加)
- 2018年5月 シングル『No Tears Left To Cry』リリース(この前後でマック・ミラーと互いの多忙を理由に破局)
- 2018年6月 新恋人ピート・デヴィッドソンと婚約を発表
- 2018年8月 4th アルバム『Sweetener』リリース(順風満帆かのように思われたが……)
- 2018年9月 マック・ミラーが急逝
- 2018年10月 ピート・デヴィッドソンと破局
- 2018年11月 シングル『thank u, next』を突如リリース
(当然、マック・ミラーの前にも交際相手はいたのですがゴチャつくので割愛しています。お察しかと思いますが、ゴチャつく程におモテになります!)
全てを昇華させた『thank u, next』
ようやく本題まで来ました。
この紆余曲折を経て、まだ悲しみと苦悩の渦中にあってもおかしくない時期に『thank u, next』が発表されるんです。
タイトルは「ありがとう、次へ行くわ」というニュアンスで、つまりは元カレたちに対して感謝して前に進んで行く彼女自身の歌になります。
曲中には、元カレたち(マックやピートももちろん登場)の実名を出した上でクッソ感謝していると述べ、さらにそのおかげで私はアメイジング(素敵)になったと言い放ちます。
(※この「クッソ」っていうところはいわゆるFワード(fxxckn')を使って表現していますが、この短い歌詞に「気丈に振る舞いながらも愛が溢れている状態」が見事に表れているからスゴいの一言。)
それもピートとの婚約解消からわずかな期間で制作され、これも歌詞の中で「少なくともこの曲はヒットするに違いない」てなことまで自ら歌ってしまう強さ。
そう、端的に言って『thank u, next』は超強い。
ともすれば「悲劇のヒロイン」にもなり得た自分を奮い立たせて、しかも怒りや悲しみでなく感謝によって昇華させるアリアナの胆力。本当に恐れ入りました。
そして、まだそのパワーは底をついていません。
運命を金ではね返せ!『7 rings』
立て続けにリリースされた『7 rings』。
今度はそのパワーを現実的な行動で見せつけてくるのです。
この曲は実際に友人6人をティファニーに連れていって、自分の分も含めて7つの指輪を買ったというエピソードから制作されたそうです。
前作の言わば「しなやかな強さ」からは打って変わって、
歌詞の内容を誇張して言えば、お店行って「コレが欲しい」じゃなく「欲しければ店ごと買っちゃうよ」ってレベルで、「大体の幸せはお金で買える。私はそれだけのお金を持ってて、かつ私にはそれ以上の価値があるのよ」という、札束でほっぺた引っ叩かれてるような印象を持つ曲になっています。
しかし、この主張はラッパーがよく使う自己自慢的な手法を敢えて使っているもので、必ずしも全てがアリアナの本心ではないと思います。
やはり根底には「悲劇のヒロインには甘んじない」という強い意思、
そしてリスナーの特に女性に向けられた「指輪なんて買ってもらうばかりじゃなく自分で買っちゃってもいいじゃん」という、
用意されたものに麻痺しないで自らの意思で掴み取ろうよという超絶女子アゲソングなのだと解釈しています。
まさに彼女に立て続けに降りかかった災難に対して、今度は反撃とばかりに、この2曲をリリースして世界的に大ヒットさせ、自分の意思と実行力で未来を切り拓いていこうとするアリアナの気持ちの表れと言えるでしょう。
最後にテイラーとの比較を少し
歌詞の転載に関しては権利の関係上、意訳した内容だけにとどめました。
検索すれば翻訳された歌詞も読めますので、ぜひご覧になってみてください。
最後になりますが、アリアナの最近の楽曲に対する態度は、これまでのテイラー・スウィフトを中心とした「元カレをディスって爽快!」的なガールズソングの主流に対するカウンターになっているように感じています。
確かにディスっている限りは、そこに男性の存在がなければ成立しません。
しかし、「今までありがとう。私お金あるから、あとは勝手にやるわ」と言い放たれてしまえば、もはや男性の居場所はありません。
そういった時代の潮流、そして女性のパワーというものをビンビンに感じる、2019年のチャートと、それにしてもアリアナあっぱれ!という記事でした。